十一年半前、秋田から上京した十八のわたしは東京大学の門をくぐった。その後、じゃっかん住む場所が変わったこともあったが、籍はずっと東京大学にあった。そして半年前、この大学の助手に採用された。
なぜ十一年半前に東京大学の入学試験を受けたのかというと、それは多くの人と同様、東京大学のブランドにひかれてであったのだろう、本当はよくは分からないけれど。それでも進学したい学科は、漠然とではあるが理学部の地球物理学科(いまの地球惑星物理学科)とそのとき決まっていた。そして研究したいテーマもまたすでに漠然と決まっていた。そしていまそのとおり地球・惑星ダイナモの研究をしているところが、よくいえば初志貫徹であり、悪くいえば十年間なんの成長もなしに過ごしてきてしまったことの証左となっている。
なぜこの研究、地球や惑星がもつ磁場の成因や挙動についての研究をしたいと思ったのか。それはおそらく高校一年のときにさかのぼる。理科の地学の授業で、教科書に地磁気に関する記述があった。地球は大きな磁石であり、磁極はだいたい自転軸に一致するとか、過去に何度も磁極が逆転したとか、そういうことがたぶん書かれていた。そして地磁気は地球のダイナモ作用でつくられているということもおそらく書かれていた。そういったことの詳細は今ではほとんど覚えていないのであるが、ただよく記憶しているのは、その教科書の脚注部分に、
「ただしダイナモ作用がどのように地球の内部で起こっているかについてはよくわかっていない」
というようなことが明記されていたことである。教科書なのに「よくわからない」とは何事か、というか、なにか新鮮な気分を覚えた。そのできごとが直接わたしをして東大の地球物理学科に行こうと思わしめたわけではないにしても、やっぱりどこかそのときの小さな感動がいつも頭にあって、それでいまに至っているのだと思う。このような仕合せに感謝したい。
聞くところによれば東大入試で地学を選択する受験生の数は大変に少なく、かつ年々減少傾向にあるのだそうだ。理由はいくつかあろう。地学はあまりうまみがないからなのか、点がとりにくいからか。あるいは地学などつまらないと思っているのか。そもそも高校で地学をちゃんと教えられる先生がほとんどいないという事実もこの状況に拍車をかけているだろう。わたしも高校時代、専門が化学の先生に地学を教わった口だ。深刻である。たとえばこのまま地学受験者が減って、地学という科目自体が絶滅してしまったとしたら、それは単にアース・サイエンスというものの地位低落を意味するだけでなく、自分がそうだったからというわけではないが、万に一つだとしても、ある人間の人生の行く末さえ決定づけてしまうような、ある意味愉快なできごとが起こる可能性を、入試や受験なるものの身勝手でおしつぶしてしまうかもしれないことをも意味する。なんとかならないものかと思う。
さてわたしがいまもし高校の地学の教科書の一節を執筆するとしたら、地球のダイナモ作用のことをどのように記述できるであろうか。それを思うとややこころもとない。たしかにこれまでの研究で、自転する電磁流体の自然な対流運動が、効果的に双極子磁場を生成しうることは数値シミュレーションなどでだいぶん分かってきた。しかしながら、実際の地球の環境で地磁気がどのような挙動を示すかについての定量的な予測はまだできていない。やはり「まだよくわかっていない」と書かざるを得ないかもしれない。
(2002.8.20)