修士論文中間発表  齊藤友比古氏

「活断層破砕帯から採取した断層岩粉砕時の地殻ガス放出/生成実験」

2006年10月25日

-研究背景- 
 地殻中には地表とは組成の異なるガスと地下水(合わせて地殻流体と呼ぶ)が存在
している。この地殻流体は断層破砕帯を主要な通路として地殻中を移動している。こ
のため、地震前後で確認されている地殻流体の変動(地下水位の変化、地下水中のス
トロンチウム同位体の変化、水素ガス濃度上昇,メタンガス濃度上昇)は地震活動によ
る流体の通路が変化した事による物理的な応答であると解釈されている(Inoue et al
2000, Uda et al 1998, Kawabe 1984/85, Ito et al 1999) 。物理的なガスの放出
については実験的にも示されている(Jiang et al 1981, Koizumi et al 2006)
 一方、地震活動の時に地殻中の岩石は破壊・粉砕され、より細粒な物質へと変化す
る。この際、より細粒となった鉱物表面には表面エネルギーが蓄積され、周囲流体と
化学反応を起こすことが知られている。この一連の破壊-反応プロセスはメカノケミ
カル効果(力学的エネルギーが引き金となって化学反応を起こさせる)として知られて
おり、天然の断層帯についても水素ガスの放出(Wakita et al 1980, Shimada et al
2005)が確認されている。このメカノケミカル効果による水素の生成はその後の実験
によって、破壊の際に鉱物表面に生成するケイ酸塩ラジカルと水分子あるいは鉱物内
のOH基との反応によるものであることが示されている(Kita et al 1982, Kameda et
al., 2003a, 2003b, 2004a, 2004b, Saruwatari et al., 2004 )。特にKameda et al.
の実験は石英,長石,黒雲母,白雲母, カオリナイトを用いた物であったが, 鉱物種ご
とに水素生成能力が異なる事, 破壊表面積増加量に比例して水素ガスが生成する事が
示されており, 地震に伴って解放されるエネルギーの内訳で、化学過程に依存する分
の解明に糸口を与えた。
 メカノケミカル効果によるガスの生成は水素の他にもメタンや二酸化炭素も知られ
ている(Beyer & Clausen-Schaumann 2005)。しかし、天然の断層帯において、メタ
ンや二酸化炭素についてはメカノケミカル以外に起源を持つものが多く、これまで注
目されてこなかった。

-本研究の位置付け-
 本研究では断層破砕帯を掘削し、直に断層岩を採取した。この際、深度200mに渡っ
て地殻ガスを採取し水素、ヘリウム、酸素、二酸化炭素、メタン、一酸化炭素の深度
プロファイルと断層岩分布を作成した。ガスの分布に関しては水素とメタンで特徴的
なパターンを示した。水素ガスは断層コア(断層活動集中帯)で低濃度, その両端で高
濃度を示すがメタンについては逆のパターンを示すなど, 断層岩分布と地殻ガス分布
に有意な相関関係を示す結果となった。このパターンの解釈のために必要な実験が本
研究にあたる。
 断層岩の分布は、原岩種及び断層岩種ともに多様であったが、比較的破壊を受けて
いない岩石で、これから破壊・粉砕を受けるであろう弱破砕変質岩のうち、原岩種の
異なる4 タイプについて Kameda et al と同様の実験を行った。この結果、岩石内部
にトラップされているガスの放出とメカノケミカルによって生成したであろうガスの
両方を同時に測定し、表面積の増加量に対してプロットしたところ、メタンに関して
も水素と同様の傾向を示し、メカノケミカルによるメタンの存在が示唆された。
 修士論文作成までに、岩石種や深度を変えて同様の実験を行い、断層帯内で起こっ
ているであろう複数の素過程のうちメカノケミカルに関連したものの抽出を目指す。