伊藤 洋介 氏 (地球惑星科学専攻)
分子動力学法による下部マントル構成鉱物の自己拡散

2007年7月4日

マントルダイナミクスをモデル化する上で以前から知見が乏しく障害になっているのが
マントル、特に下部マントルの粘性率であり、解明の努力は長期にわたり続けられて
いたが未だ成功しているとはいい難い。自己拡散は下部マントルの塑性変形の有力な
素過程であり、調べるのは簡単ではないが塑性変形そのものよりは取り扱いやすく、
下部マントル構成鉱物の自己拡散を調べてそこから粘性率を推定するアプローチは古く
から行われてきた。しかし、実験的研究は下部マントルの高温高圧で試料中に拡散を
起こさせ拡散のプロファイルを正確に得る困難があり、成功例は下部マントルの最上部
の圧力条件で数個にとどまっている。マントルダイナミクスのモデル化に必要なのは
下部マントル全域にわたる広範囲のデータであるが、実験的研究のみでは近い将来に
これらが得られる見込みは薄い。一方理論的方法は、自己拡散の本質的に時間依存する
確率現象を取り扱うという困難があり、また結果を実験とつき合わせてモデルの精度を
チェックする必要があるものの、温度圧力条件の再現が容易であるため、成功すれば
下部マントル全域にわたって自己拡散の信頼できるデータが得られる。
本研究では分子動力学法を用いて下部マントル構成鉱物であるMgOペリクレース、
MgSiO3ペロブスカイトの自己拡散係数を与えることを試みて成功したので報告する。
分子動力学法の問題であり、結果精度の低下をもたらする短いアンサンブル時間は、
大型計算機(地球シミュレータ)を用いて長時間ステップの計算を行ったところ精度は
改善した。
MgOペリクレースとMgSiO3ペロブスカイトの拡散係数の圧力依存を比較すると、MgO
が下部マントル中部領域に相当する圧力から拡散係数が圧力増大につれて微増するの
に対して、MgSiO3ペロブスカイトは圧力増大につれて下部マントル全領域にわたって
増加し続けた。したがって、 MgOとMgSiO3の粘性比は近くなることはなく、圧力増加に
つれて増大し続け、MgOは常にMgSiO3より柔らかく、下部マントルの粘性を支配する。
下部マントルの粘性モデルを、氷河消失時の地殻隆起速度、ジオイドの異常の観測、および
鉱物物理学のデータから与える試みがなされている。 (Steinberger & Calderwood 2006,
GJI) 鉱物物理学のデータに関しては、融点と拡散クリープの経験的関係をベースにして
おり、融点は圧力増加に伴う減少はないため、下部マントルでは粘性率が中部領域に
おいて増大する結果となっている。ただし、融点と拡散クリープの経験的関係より
拡散係数をより精密に与える本結果を鉱物物理学のデータとして代わりに適用すると、
このような下部マントル中の粘性率の増大は考えられず、増大したとしてその大きさは
小さく、特に中部以下では深さ増大につれて減少するトレンドとなる。