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地球・惑星ダイナモ研究の位置づけと今後

地球・惑星ダイナモを今後研究してみようという人に対しても含めて、わたくしの研究テーマのおおまかな紹介をします。なお今後「地球」という単語を使いますが、これは地球のみならず、他のすべての惑星にもほぼ同様にあてはまりますので、そのように解釈してください。


地球の内部を知る

地球を理解したい、というとき、それはいったい何を意味しているでしょうか。人によっていろいろな興味があるかもしれませんが、たとえばつぎのようなことがわかれば、地球を理解した、といえるでしょう。

ところで地球を理解したい、というとき、表面をいくらみたところで、その内部を知らない限り、それ自体をすべて理解したとはいえません。地球のような固体惑星では、一般に、内部の構成物質を直接手にしたり、その物理量を計ったりすることはほぼ不可能です。そこでなんらかの間接的な手段をもちいて地球の中身を知ることになります。たとえば古典的には、次のような学問分野がすでにある程度確立されています:

たとえば「測地学」は、地球の変形、地表の変動、重力、自転速度などの情報から、内部の構造や物性を知る手がかりを与えます。「地震学」も地表面の変動から内部のようすを知る学問ですが、比較的短周期・短波長の地震波をもちいるため、地球の局所的な情報を得ることができます。「地質学」「地球化学」は、地表の観察やそこで手に入れられる試料をもとに、内部のようすを知る手がかりを与えます。地球の原料物質と考えられる隕石も重要な情報源です。

これらに加えて、わたくしが研究テーマとしている「地球電磁気学」は、おもに地球の磁場を情報源として、内部の構造やダイナミクスを知る手がかりを与えます。地球の磁場は、地球自身が自発的に内部に電流を流す「ダイナモ作用」によって生成されています。地球の場合、金属核(コア)に電流が流れます。ダイナモ作用がコアでどのように起こるのか、どういう条件の下で、どのような特徴をもつ磁場が発生するのかを知り、それと観測される地磁気の特徴とを照らし合わせることで、他の学問分野で得られる情報とは独立な情報を得ることをめざします。

地球電磁気学の特徴

地球の発する磁場は、重力と同様、遠隔力を及ぼしますので、発生源から遠く離れていても、それを感知することができます。これは地球だけでなく、惑星の探査においても重要となる性質です。これまでいくつもの惑星探査機が打ち上げられ、多様な惑星のようすがあきらかになってきましたが、磁場観測は、惑星の内部を知る上での有用な手段として位置づけられています。固有磁場の存在、非存在、また磁場の空間分布を知ることは、ダイナモ作用がどのように起こっているかのヒントになります。

近世の大航海時代には、船の針路を決定する際に磁気方位が測定されており、その記録がある程度残っています。また過去 100 年程度は、科学的な見地からの地磁気観測の記録も存在します。これらによって、過去 400 年程度の地磁気の変動のようすが、不完全ながらも復元されています。また火山活動の結果マグマが固結し、岩石が冷却する際に、岩石中に含まれる磁性鉱物が熱残留磁化を獲得し、当時の地磁気の方位と平行な磁化を記録します。海や湖の堆積物も、堆積プロセスの中で、やはり磁化を獲得することが知られています。こうした岩石の磁気を調べることで、もっと過去にさかのぼって、地磁気の変動のようすを知ることも可能です(古地磁気学)。具体的には、地球誕生の初期、今から 30 億年位前の地磁気の存在さえ示唆する証拠が得られています。このことは、他の手段ではなかなか得ることの難しい、地球の進化に関わる情報を、かなり直接的に手に入れることができるかもしれないことを意味します。

物質の性質を特徴づける重要な物理量のひとつが電気伝導度です。地震学によって内部の地震波速度構造を推定することができますが、それとは独立に、地球電磁気学では、地表の磁場変動の観測をもとに、内部の電気伝導度構造を推定することが可能です。磁場が変化すると、電場が発生し、物質に電流が流れます。その2次的な電流にともなう磁場や電場を地表で遠隔測定することで、内部に何があるかを探るわけです。一般的にいって、すでにあげた、測地学、地震学、地球化学などが導くさまざまな情報と相補的に、地球電磁気学は地球を理解するために不可欠な情報を与えます。

地球ダイナモ

地球が発するシグナルである地磁気は、いったいどのようなプロセスでつくられているのでしょうか。これまでに積み重ねられた研究によって、不完全ではありますが、おおむね次のようなプロセスが考えられています。

地球の中心部には、鉄を主成分とする金属核(コア)が存在し、その大部分は溶けていて、液体状態にあります(さらに中心部には固体の内核があります)。液体のコアは、ちょうど水のように粘性が小さく、少しの力源によってたやすく流動します。この流れは、基本的にはコアを含めた地球全体が冷却することによる熱エネルギーの減少分をもとにして、一種の熱機関のごとく駆動されると考えられます。味噌汁が冷めるときに、汁が対流運動するのと同じです。流動するコアに、微弱な電流が流れて、周囲に磁場をつくったとしましょう。すると、コアの流れは、電磁誘導の法則により、誘導電場を発生させ、2次的な電流を流します。この電流が、もし最初の電流と同じ方向を向くならば、電流は指数関数的に増大します。磁場中を電流が流れるとローレンツ力が発生し、それは基本的にはコアの対流運動を妨げる向きに作用します。このバランスによって、電流強度はある一定の値に落ち着くと考えられます。

コアの流れは、自転の影響を強く受けます。これは大気や海洋の運動にも当てはまりますが、大気の対流圏や海洋の深さがせいぜい 10 km 程度なのに対して、液体コアの深さは 2,000 km 以上もあり、流れの性質は非常に異なります。さらにコアではローレンツ力が無視できない作用を及ぼすので、その点でもふつうに見られる流体の流れとは性質が異なります。コアの流れがどのような特徴をもつのか、というのが根本的に重要な研究テーマであり、これは現在でも完全に解明されているとは言い難いテーマです。

ダイナモ作用によって発生する磁場の構造は、基本的には、それがコアの対流に起因する自発的なものであるというところが興味深い点です。流れと磁場とはお互い密接に作用し合い、その結果として、たとえば地磁気を特徴づける強い双極子磁場があらわれます。古地磁気学によって、双極子の極性が、過去何度も反転していることがわかっています。現在は方位磁針のN極は北極方向を指しますが、今から 80 万年以前は、それが南極方向を向いたはずだと考えられているのです。さらに 250 万年より以前になると、今と同じ向きになります。このような反転が繰り返し、しかもかなり不規則に起こっています。地磁気の逆転がなぜ起こるのか、これは現在でも大きな謎です。

他の天体にも磁場をもつ星が多く、これは天体磁場というものが、かなり普遍的なものであることを示唆します。木星や土星は、強力な双極子磁場をもっています。太陽も強い磁場をもっていて、その向きは約 22 年周期で反転しています。地球よりも小さい水星や、木星の衛星であるガニメデにも固有磁場の存在が示唆されています。逆に地球の兄弟星である金星と火星には、現在有意な固有磁場が認められません。こうした事実をどのように解釈するかは、天体の内部構造、ダイナミクス、進化などといった観点から、今後議論されるべきテーマです。

そして今後

地球ダイナモのプロセスは、流れと磁場との複雑な相互作用のために、それを単純な数学で記述することは困難です。そのために、ダイナモの模擬実験が広くおこなわれています。ひとつは数値シミュレーションで、さまざまな条件下でのダイナモのふるまいを、系統的に調べるのに適しています。しかし数値シミュレーションは万能ではなく、使用できる計算機の性能が研究の限界を規定してしまいます。ダイナモ作用は本質的に3次元的な流体運動の解析を必要とし、これは数値流体力学の大きなチャレンジでもあります。いっぽう、実際に高い電気伝導度をもった流体をつかって、ダイナモ作用を実験室で再現する試みもおこなわれています。ナトリウムやガリウムなどの、低融点の金属をつかった流体実験がそれです。しかし流体の体積を大きくするのは費用や技術の点で難しいため、これにもやはり限界があります。依然として、わたくしたちの行く手には、乗り越えるべき壁が存在します。

わたくしは数値シミュレーションによって地球のダイナモを理解しようと試みています。地球ダイナモを理解する、というときにひとつの指標となるのが、変動の時間スケールです。地磁気の時間スペクトルをざっと見渡しても、

などの特徴的な現象が考えられます。地磁気の逆転はさておき、比較的短い時間スケールの変動は、液体コアの乱流と密接に関係しているでしょう。比較的時間スケールの短いコアの乱流の性質をさまざまな模擬実験によって理解することは、とくにそれが、今後さらに蓄積されるであろう、地磁気変動の観測データと比較可能であるという点においても、重要な研究テーマです。実際、数値シミュレーションによって、現在計算可能なパラメータ領域でも、観測される地磁気変動の特徴をよく再現する結果が得られつつあり、今後の研究のひろがりが期待されます。

コアの流れを駆動するのは、基本的にはコアの冷却に起因する熱的な浮力ですが、それだけではありません。現在、固体の内核はゆっくりと成長していると考えられますが、そこでの潜熱の解放や、コアに含まれる軽い元素(不純物)が液体側に濃集するために起こる組成による浮力なども重要な駆動源です。地球の自転軸は、太陽や月の引力を受けて、約 25,000 年周期で歳差運動していますが、それによっても流れが駆動されると考えられます。地球の進化の過程で、これらのさまざまな要因がどうダイナモに影響するのかも興味あるテーマです。

さらにマントル対流に起因するコア・マントル境界付近の熱的、物質的不均質もまた、コアの流れや磁場に多大なる影響を及ぼします。たとえばコア表面が局所的に冷却することによっても、大規模な流れが駆動されるかもしれません。マントル最下部に電気伝導度の高い領域があったとすると、それは磁場変動を遮蔽し、地表で観測される磁場のシグナルに反映されることも予想されます。マントルの物質科学、ダイナミクスの研究の進展とともに、ダイナモの物理も新しい局面に入ろうとしています。

計算機の進歩とともに、数値シミュレーションで再現可能な現象が、より地球や惑星のそれに近いものになっていくでしょう。そして、磁場をはじめとする、さまざまな観測データとの整合性が大きな問題になるはずです。数値シミュレーションは地球ダイナモを理解するために不可欠な道具であることは確かですが、わたくしたちの理解という点では、その計算結果を、言葉で(数学で)あらわすということもまた重要なことです。ダイナモの複雑なシステムを思い切って単純化し、独立パラメータの数を減らして、なにか一般的な惑星ダイナモモデルを構築するこころみも、今後おこないたいと考えています。

コアは地球の最深部に位置し、現在でもなお、その組成や温度さえ不確定な、一種とらえどころのない領域ですが、固体の内核は別として、実は、コアの乱流のために、地球内部でもまれにみるほどの均質な、ある意味単純な領域でもあります。その「単純さ」を利用して、この複雑な地球システムを理解するための、なんらかの貢献をしていきたいものです。


櫻庭 中(さくらば あたる)

2009 年 4 月 3 日

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