このページは、地質調査、学会、観光旅行などで秋田を訪れたときに、秋田人と円滑なコミュニケーションをとるために有用と思われる秋田の方言の知識をまとめたものです。標準的日本語を話せる人ならすぐにマスターできます。イントネーションなど細かい点は直接わたしに聞いてください(というかこれが一番大事なのかもしれないが)。
ここで説明していることがらは、わたくしの個人的体験にもとづいており、秋田市内で1970〜80年代に話されていた方言にほぼ該当するものと思われます。記述は万全を期しましたが、勘違いも多々あるかもしれません。ことばというのは千変万化するもので、かならずしもここで解説していることがらが秋田弁の標準であるとは限りません。秋田県はとても広いので、秋田市以外では(場合によっては市内でも)じゃっかん異なる言い回しをする場合があります。また逆に、ここで書いたことは、いわゆる東北弁など、他の東日本の諸地域で話されている方言にも通ずるものが多々あると思います(実際秋田弁特有の言い回しというのは案外少なく、東北隣県の方言と交雑している)。
わたくしの個人的体験だけではこころもとないところは、
によりました(具体的に参考にした部分については*印を付しました)。とくに最近ではほとんど使わなくなって廃れつつある古い秋田のことばに関しては、わたくしはまったくのよそ者であることをお断りします。そういったことばにご興味のおありの方はこちらの文献をご参照ください。いずれにせよ、この拙文によって、少しでも秋田方言のなんたるかを理解していただけたら幸いです。
「か・き・く・け・こ」音、および「た・ち・つ・て・と」音はすべからく濁音(有声音)になる。この現象を本文では仮に「強濁音化」と呼ぶことにする。「強いて濁音にする」ぐらいの意味で、正式な文法用語ではない。強濁音化はつねに起こるわけではなく、いくつかのルールにのっとっている。まず注意したいのは意味上区分できる「語節」の最初にこれらの音がくるときは強濁音化しないことである。語節(これも正式な文法用語ではないと思うが)とは音節に近い概念ではあるが、それ自身独立して意味をなしているかどうかが問題になる。
以下、強濁音化の例を示す(太字は濁音化された音をあらわす)。
やぎにぐ 【焼肉】、 どで 【土手】、 はぢみづ 【蜂蜜】
原則として「か」行と「た」行は濁音になる。
かがど 【かかと】、 けづえぎがだ 【血液型】
語頭の「か」「け」はそれぞれ清音のまま。
おどごのこ 【男の子】
「子」は意味上独立しているので清音のまま。
かだただぎき 【肩たたき器】
「かた・たたき・き」と3つの意味上独立した部分に分割できる。それぞれの語節の先頭の音は清音のまま。
たでづづげに 【たてつづけに】
「たて・つづけ」と区切れば「たでつづげ」と発音されうる。
しぎきん 【敷金】
意味上「しき・きん」と分割できる。ただし話者が一語と認識している場合は「しぎぎん」と発音されうる。
あぐやぐしょうかい 【悪役商会】
意味上「しょう・かい」と分割できる。
しょうがいする 【紹介する】
「しょうかい」の一語とみなされるので強濁音化しうる(清音のままの場合もある)。基本的に漢字の熟語の濁音化の程度は話者によって異なる場合が多い。
促音(小さい「つ」)の直後に「か」行、「た」行の音があったとしてもそれらは強濁音化しない。促音のあとには発話上の切れ目があり、そこで語が音韻上分割されるためと考えられる(そもそも標準語でも促音の直後には濁音はこないのである)。また撥音(「ん」)の直後も強濁音化しないが、これも同様の理由によると考えられる。
しったがぶり 【しったかぶり】
「た」は濁音にならない。ちなみにこれを省略して「しったが」ともいう。たとえば「しったが言(い)うな」 【しったかぶりなことを言うな】 など。
おっかない、おっかね 【怖い】
秋田弁では「ない」を「ね」と発音する。
なんともない、なんともね 【なんともない】
ほどんど、ほどんと 【ほとんど】
撥音が清音を従える性質を受けて、もともと「んど」だったのが「んと」に変換される場合がある(これを「強清音化」ということもできるだろう)。おおげさに言えば「ほどんっと」。
※ 音符でいうところの休符(たとえそれがどんなに短くても)を置くことができたら、その直後の音は強濁音化しない、と考えればよい。意味上独立した語節の先頭音が強濁音化しないのも、これによって理解できるだろう。すなわち意味の区切りのところに、ごく短い休符が置かれるのである。
なじみのない語を発音するとき、標準語、外国語を意識して発音するときなどには強濁音化しない。ただしなじみのある語ならば外来語でも固有名詞でも強濁音化する。
あとらんた 【アトランタ(米国の都市)】
アトランタになじみがあれば「あどらんた」と発音してよい。最後の「んた」はいずれにしても清音のまま。
あめりががっしゅうこぐ 【アメリカ合衆国】
おがださん 【岡田さん】
見ず知らずの場合は「おかださん」である。
「き・く」「し・す」「ち・つ」「ひ・ふ」音の直後の「か・け・こ」「た・て・と」音は強濁音化しない。これを本文では仮に「(狭義の)強濁音化の阻害」とよぶことにする。
ひかり 【光】、 ひけしつぼ 【火消しつぼ】、 ひこまろ 【彦摩呂】
それぞれ「ひがり」、「ひげしつぼ」、「ひごまろ」ではない。「つなひぎ」 【綱引き】、「ひぐめ」 【低め】 と比較せよ。
しかだね、すかだね 【しかたない】
「し」と「す」の発音はかなり近く、おたがい流用される傾向がある。ただ流用されたからといって、後続の「か」音の強濁音化を阻害することには変わりはない。
つけもの 【漬物】、 おぢゃづげ 【お茶漬け】
「つげもの」ではない。お茶漬けの場合、標準語からしてもともと「づけ」なので、「づ」は「け」の強濁音化を阻害しないから「づげ」になる。
した 【下、舌】、 ねごじだ 【猫舌】
猫舌はもともと「じた」であるから「た」は強濁音化する。
※ 「イ」と「ウ」は、口をあまり大きくあけなくても済むので、発音しやすいのだが、「イ・ウ」音から「ア・エ・オ」音へ移行は、より大きく口を開ける必要があり、秋田人にとっては、なんというか意を決する動作で、あいだに短い休符が入る傾向がある。とくに、前の子音が無声の摩擦音、破裂音だと、よりいっそう言いにくいので、休符が無意識のうちにはいってしまい、濁音化しない傾向が強くなるものと考えられる。
とくに「き・く」「ち・つ」音が後続の「か・け・こ」「た・て・と」音の強濁音化を阻害するとき、「き・く」「ち・つ」自身も強濁音化しない。
みつかる 【見つかる】、 みつける 【見つける】
「みづがる」になりそうであるが、「つ」が「か」を清音化させるので、「つ」自身も清音になる。他動詞の「みつける」の場合も同様。
あきた 【秋田】、 あぎだ 【飽きた】
後者の場合、「が」行上一段活用の動詞の「飽(あ)ぎる」の連用形「飽(あ)ぎ」に助動詞「た」がついた形なので、「た」は強濁音化する。
さちこ 【幸子】、 さぢよ 【幸代】
「さぢご」ではない。もともと名前の「○○子」の「こ」は意味が独立しているとみなされるので清音のままである。
「さ」行の音の直前の「き・く」音も強濁音化しない傾向にある(例外もあるかもしれない)。
あきす 【空き巣】、 あぎや 【空き家】
さくしゅ 【搾取】、 さぐにゅう 【搾乳】
強濁音化されたものがすでにひとつの品詞として認識されているような場合、強濁音化が阻害されることはない。
聞(き)ぐ 【聞く】、 聞(き)がね 【聞かない】
「聞く」は強濁音化の結果「が」行5段活用の動詞として認識される。よってその未然形は「きが(ね)」である。この場合「き」音はそれにつづく「か」音を清音化しない。
すしどがみがんどが 【寿司とかみかんとか】
並列をあらわす助詞の「とか」は、すでに強濁音化されたものとして認識される。どんな場合でも「どが」と発音する。
あんだどわだし 【あなたとわたし】
助詞の「と」もつねに「ど」。「あなだ」が訛って「あンだ」になるので、「ん」のあとでも「だ」は濁音でありうる。
疑問をあらわす終助詞「か」は強濁音化して「が」になるときと、それが阻害されて「か」のままであるときとがある。
濁音が連続すると、最初のほうの濁音を残して、それ以後の濁音化を回避しているとみられる例がある。
いぢじぐ、いぢちく 【いちじく】
強濁音化の法則によれば i・ji・ji・gu であるが、濁音が3個も重なるのを嫌って、最後の ji・gu を chi・ku と発音する場合がある。もともと「じ」だったのが清音化して「ち」と発音されることに注意。
ずづぎ、ずつき 【頭突き】
いぢじがん、いぢちかん 【一時間】
長音の直後は強濁音化しない傾向がある。ただしこのあたりの強濁音化、清音化の説明は筆者にはやや難しい。
ようち 【幼稚】
「よう・ち」と意味上分割するのは無理があるだろう。この場合「ち」が強濁音化されないのは、「よー」音のあとに促音がまぎれていて、「よーっち」のように発音されうるから、と考えるのが妥当ではなかろうか。「芋羊羹」は「いもようがん」のように強濁音化されるが、この場合は古語の発音の「やうかん」に近く、「よーっかん」ではない。
以上、かなり詳しく強濁音化(あるいは清音化)の現象について説明を試みたが、秋田人はこんなことをいちいち考えて発音しているわけではないのはもちろんのことである。ごく自然に、音韻上の要請により、このように発音している。
鼻濁音 (nga, ngi, ngu, nge, ngo) と通常の濁音 (Ga, Gi, Gu, Ge, Go) とを区別する。すなわち「が・ぎ・ぐ・げ・ご」について、
文節の最初では通常の濁音である、
強濁音化の結果「が」行になった音は通常の濁音である(「強濁音」とはある意味「強い濁音」でもある)、
それ以外は基本的に鼻濁音である、
などの法則がある。
やぎにぐくいにげ ya・Gi・ni・Gu・ku・i・ni・nge 【焼肉食い逃げ】
やぎにぐくいにいげ ya・Gi・ni・Gu・ku・i・ni・i・Ge 【焼肉食いに行け】
おがださん o・Ga・da・san 【岡田(おかだ)さん】
おがださん o・nga・da・san 【緒方(おがた)さん】
さが sa・Ga 【坂】
さが sa・nga 【佐賀】
がすがいしゃがほがのぎしをみがぎった Ga・su・nga・i・sya・nga・ho・Ga・no・Gi・shi・o・mi・Ga・ngi・tta 【ガス会社が他の技師を見限った】
上の例のように、濁音と鼻濁音とで意味が違ってしまう場合がある(まあイントネーションでも区別はつくが)。西日本には鼻濁音がない地方があるらしいので、そうした地方で暮らしていた人にはややとっつきにくいかもしれない。
身近なもの、とくに自分の所有するものに対して、愛着の念やそのもののありがたさ、かわいらしさなどをあらわすのに、語尾に「っこ」をつける。標準語でも「根っこ」「端っこ」などの例があるが、秋田ではほとんどあらゆるものにつけることができる。大きなものに対してはあまり使わないので、いわゆる指小詞とも考えられる*。
なべっこ na・be・kko 【鍋】
春や秋の気候のいい時期に川原や原っぱにグループで出向いて鍋もの(またはなにか火をつかった料理)を食べるのを「なべっこ遠足」という。小学校の公式行事でもある。
どじょうっこ do・jo・kko 【どじょう】、 ふなっこ fu・na・kko 【ふな】
どちらもつい声をかけたくなるくらいにかわいらしい生き物である。
つぐえっこ tsu・Gu・e・kko 【机】
「テーブルっこ」ともいう。でも「いすっこ」とはあまり言わない。和室ではいすは使わないから、あまり愛着がないのかもしれない。身の回りの物にはおおむね「っこ」をつけることができる(新聞っこ、ものさしっこ、窓っこ、写真っこ・・・)。
おぢゃっこ o・ja・kko 【お茶】
家にだれかが来たらまず「おぢゃっこ」である。食べもの関係もたいがい「っこ」をつけることができるが(芋っこ、しょうゆっこ、さしみっこ、さがなっこ・・・)、具体的な食材名にはつけづらい感じがする。
ちからっこ chi・ka・ra・kko 【力、腕力】
具体的な「物」に限らない。
関西地方ではあめ玉のことを「あめちゃん」というらしいが、ニュアンスとしては似ている。
標準語の「を」の代わりに、助詞「どご」をもちいる。「〜のことを」が変化したもので、本来は人に対してのみ使うことばだったらしい*。ただし現在では一般的に「を」の代用として機能している。標準語における「を」に相当する言葉は省略する傾向があるが、しいて「〜を」というのを強調したいときにもちいる。
んがどごなんぼ探(さが)したど思(おも)ってぇ? nga・do・Go・nan・bo・sa・nga・shi・ta・do・o・mo・tte 【お前のことをどれだけ探したと思う?】
「なんぼ」は「どれだけ、いくら」の意。「んが」は「お前」。かなり粗野な言い方である。もう少し粗野でない言い方は「おめえ」「あんだ」など。自分のことは「おら」「おれ」「おえ」「わだし」などという(津軽地方では「わぁ」という)。
座布団(ざぶどん)どご二枚(にまい)重(かさ)ねればいいんでねぇが za・bu・don・do・Go・ni・ma・i・ka・sa・ne・re・ba・i・in・de・ne・Ga 【座布団を二枚重ねたらいいんじゃないか】
助詞の「どご」はすでに強濁音化したものとして認識されるので、「ん」の直後だろうが、つねに「どご」である。
方向や位置をあらわす標準語の助詞「に・へ」の代わりに、助詞「さ」をもちいる。
どごさ行(い)ぐ? 秋田(あきた)さ行(い)ぐどごだ。 do・Go・sa・i・Gu? a・ki・ta・sa・i・Gu・do・Go・da 【どこへ行きますか? 秋田へ行くところです。】
最後の「どご」は形式名詞の「ところ」の省略形。助詞と同様、形式名詞もすでに強濁音化したものとして認識されてしまっている例がある。この「ところ」も、秋田弁では「どご」であり、つねに強濁音化したままである。
こごさござっこ敷(し)げ。 ko・Go・sa・Go・za・kko・shi・Ge 【ここにござを敷け。】
ていねいに言うと「ござっこどご」であるが、「○○っこ」のあとの「どご」は、似たような音が重なることになるので、省略する場合がほとんどである。
頭(あだま)さくるな。 a・da・ma・sa・ku・ru・na 【頭にくるね。】
怒りをだれか第三者にぼやいている。イントネーションとしては「あだまさ」を高いトーンで一気に言って、「くるな」を相手に同情を求めるようにやや低めに言う。
まんず、こっちゃけって。 man・zu・ko・ttya・ke・tte 【まあ、こっちに来いって。】
「こっちさ」がなまって「こっちゃ」になる。ほかに「どっちゃ」、「あっちゃ」など。来るの命令形は「け」である。
推量、勧誘をあらわす助動詞「べ」をもちいる。これはもともと古語の助動詞「べし」の省略形である(実際省略しないでもともとの「べし」の形をもちいる場合もある)。「〜だろう」、「(いっしょに)〜しよう」などの意味である。英語の付加疑問のように「〜でしょう?」のような意味でももちいる。「べし」は動詞などの終止形につくことに注意する。
あした晴(は)れるべが? a・shi・ta・ha・re・ru・be・Ga 【明日は晴れるだろうか?】
疑問形は「か」(または強濁音化して「が」)をつける。
どうせまだ雨(あめ)だべ dou・se・ma・da・a・me・da・be 【どうせまた雨だろう】
早(は)えぐ行(い)ぐべし ha・e・Gu・i・Gu・be・shi 【早く行きましょう】
「勧誘のべし」という。Let's go! の意。
きのう学校(がっこう)さ行(い)がねがったべ? ki・nou・Ga・kko・sa・i・Ga・ne・Ga・tta・be 【きのう学校に行かなかったんじゃない?】
否定をあらわすには「ない」の訛った「ね」をもちいる。
んだびょん nda・byon 【そうだろうよ】
「んだ」は「そうだ」の訛った「そんだ」の省略形で、肯定の受け答えをあらわす。「〜びょん」は「〜べもの」が訛った形*。終助詞「もの」は単に余韻をあらわす。ほかにも「〜べせ」、「〜べさ」、「〜べしゃ」などの多くのバリエーションがある。
単に田舎くさい感じをあらわす語尾だと勘違いしている人が多いが、基本的に話者の推量や意志をあらわす助動詞である(ただし活用することはまれなので、助詞に退化しているかもしれない)。
目上の人の前で話すときや丁寧さを表現したいときには、動詞や形容詞の終止形に「す」をつける。また助動詞または形容動詞の語尾「だ」に「す」をつけて「〜だす」ともいう。これは標準語の「〜です」にあたる。疑問形は「〜すか・〜だすか」。
行(い)ぐっす 【行きます】
先生(せんせい)も行(い)ぐすか? 【先生もいらっしゃいますか?】
「す」音は直後の「か」の強濁音化を阻害するので「すか」になる。
うわぁ、しゃっけすな 【うわぁ、冷たいですね】
「しゃっけ」は「冷っこい」の変化したもので、冷たいの意。先輩といっしょに冷たいビールを手にしたときこう言う。
んだすな 【そうですね】
会話中の合いの手。「んだ」は肯定の返事。否定は「んでね」。
こえなんぼだすか? 【これいくらですか?】
「こえ」は「これ」が訛った形。挙句の果てには「けぇ」とも発音される。「なんぼ」は標準語の「いくら」に相当する。
助動詞「べ」が入る位置と同じ位置に「す」を入れることができる。両方とも入れる場合は「す」のほうが先(「先生も来てあったすべ」など)。秋田人はだいたい中学を卒業するくらいになるとこの「す」の適切な使い方をマスターし、大人社会への仲間入りを果たす。
秋田訛りは、「い」と「え」、「し」と「す」、「ち」と「つ」、「じ・ぢ」と「ず・づ」の区別があいまいであるといわれる。たとえば
「息(いぎ)」と「駅(えぎ)」
「寿司(すし)」と「獅子(しし)」と「煤(すす)」
「知事(ちじ)」と「土(つぢ)」と「地図(ちず)」
の違いがよくわからないなど。冬の秋田は寒いので、口がこわばってはっきり発音できないというのがその理由であるとよく言われる。
※ 余談ではあるが、小学校の国語の時間に「しっぽのはなし」というのがあって、ある子がなんべん注意しても「すっぽ」と読んでしまって、みんなにからかわれていたのを思い出す。担任の先生は無理に矯正はさせなかったが。程度の差こそあれ、秋田人にとっては「し」と「す」の区別は難しい。
形容詞の語尾にあらわれる二重母音は単母音に変換される。否定をあらわす「〜ない」も「〜ね」に訛る。その他、形式名詞の「〜くらい」が「〜くれぇ」に訛る、願望をあらわす「〜たい」が「〜てぇ」に訛る、など。
「あい」「おい」 → 「え」
「辛(から)い」 → 「かれぇ」、 「細(ほそ)い」 → 「ほせぇ」
「うい」 → 「い」
「温(ぬく)い」 → 「ぬぎぃ」、 「厚(あつ)い」 → 「あぢぃ」
子音の脱落、交代もよくある。
「れ」 → 「え」
「あれ」 → 「あえ」、 「これ」 → 「こえ」、 「離(はな)れる」 → 「はなえる」
「せ」 → 「へ」
「背中(せなか)」 → 「へなが」、 「任(まか)せる」→「まがへる」
「せ」 → 「しぇ」、「ぜ」 → 「じぇ」
「臭(くさ)い」→「くせぇ」 → 「くしぇ」、 「ぜにっこ」 → 「じぇんこ」
その他、省略表現が多い。
東北訛り=「ずーずー弁」と理解している人もいるかもしれないが、べつになんでも「ずーずー」言っているわけではない。
秋田弁と聞くと、なにか異質なことばをあやつっているかのように思うかもしれないが、現代秋田弁では、基本的な単語としてはそんなに標準語と変わりがない。むしろ助詞とか助動詞に耳慣れないものが多いと思われる。すでに基本的な助詞・助動詞として「どご」「さ」「べ」「す」を学んだが、他の表現も覚えていこう。
まず、程度をあらわすのに助詞「だげ」をもちいる。標準語でも「だけ」は程度の意味をもつ場合があるが(たとえば「〜と同じだけください」など)、秋田ではやや意味範囲が広いので、はじめて聞くと違和感を覚えるかもしれない。
死(し)んたげ腹減(はらへ)った 【死ぬほど腹が減った】
「死ぬだけ」が訛って「しんだげ」になり、さらに「ん」音につられて「だ」が清音化している。大げさに言うと「しんったげ」。
そいだげかまへばあどいいべ 【それだけ(それぐらい)かき混ぜたらもういいだろう】
「それ」→「そえ」→「そい」と訛る。「かます」は「かきまわす」の略。「かませば」が訛って「かまへば」になる。「あと」には「もうあとは」の意味がこもっている。
「ばり」は「ばかり」の省略形で、限定をあらわす助詞。「だけ」も同様の意味に使う場合もある。
肉(にぐ)ばり食(か)ねで、野菜(やさい)も食(け) 【肉ばかり食べないで、野菜も食え】
「食う」の活用はかなり訛る。命令形は「け」。
「〜だば」は「〜だったらば・〜ならば」が省略されたもの。単に「〜は」ぐらいの軽い意味にも使う。訛ると「〜なば」ともいう。
そいだばだめだ 【それだったらば(そんなやり方だったら)だめだ】
ときに「そいんーだば」とも。
味噌(みそ)だば余(あま)ったげあるがら、なぼでももっていげ 【味噌なら余るほど(たくさん)あるから、いくらでも持っていきなさい】
「なぼ・なんぼ」は「いくら」の意。「あまったげ」の「だけ」が程度をあらわすのは前述のとおり。
「〜ごったら」は「〜ことならば」が変化したもの。「〜するぐらいなら(…したほうがまし)」の意の場合もある。軽い非難の意を含みうる。
痛(いで)えごったら言(い)えよ 【痛かったら言いなさいよ】
寝(ね)るごったらあっちゃいって寝(ね)でけね? 【寝るんだったらあっちにいって寝てくれない?】
「あっちゃ」は「あっちさ」が訛ったもの。「けね」は「くれない」が訛ったもの。ちなみに秋田では「(人にものを)あげる」の意味で「ける」をつかう。
「〜っけ」は接続助詞で、意味としては「〜したところ・〜なので」である。「〜したにつけ」が変化したものかもしれない。「〜してだっけ」が「〜してらっけ」と訛る場合もある。文末にくることもあり、その場合は話者の観察事実をあらわす終助詞とみなすことができる*。また助詞「だば」と同じく「〜だったら・〜なんて」のような意味にもちいることもある。この場合は「だっけ」のひとまとまりで格助詞として機能していると考えられる。ともかく応用範囲が広い助詞である。
本(ほん)どご読(よ)んでだっけ、時間(じがん)さ遅(おぐ)れでしまった。 【本を読んでいたら、(約束の)時間に遅れてしまった。】
道(みぢ)歩(ある)いでらっけ、こえどご拾(ひろ)ったんだもの。 【道を歩いていたところ、こんなものを拾ってしまったんだよ。】
終助詞の「もの」はちょっとした驚き、余韻、詠嘆をあらわす。
母(かあ)さんなんとした? 友達(ともだぢ)ど話(はなし)っこしてらっけ。 【母さんはどうした(いっしょじゃないのか)? 友達と世間話をしていたよ(だからここにいない)。】
「なんと」は疑問詞で、標準語の「どう」に対応する。「話っこ」は楽しみとしての会話を指す。
いまだっけ、みんなスノーボードで、スキーしてる人(ひと)だっけいねや。 【いまだったら、みんなスノーボードで、スキーをしている人なんていないよ。】
これらの「だっけ」は「だば」で置き換えられる。どちらをつかっても、とくに意味上の違いはない。
標準語の「〜けれども」は「〜ども」と略す。ただし県北では「〜ばって」という。
古(ふる)しいども(ふるしいばって)使(つか)ってけれ。 【古いけれどもどうぞ使ってください。】
「ふるしい」は「あたらしい」の反対。
待(ま)ってだども(まってだばって)ながなが来(こ)ねがら、おえがだで先(さぎ)に食(く)ってしまった。 【待ってたけれどもなかなか来ないから、わたしたちで先に食べてしまった。】
「〜がだ」は複数の人をあらわす。「おれ」は「おら・おい・おえ」のように訛る。秋田では「おら・おい・おえ」は女性でもつかう、普通の一人称で、必ずしも標準語の「俺」と同義ではない。
「〜どって」は「〜と言って」の略。実際に言葉に出さなくてもよく、その場合は「〜することを目指して」のような意味になる。
彼女(かのじょ)さ告白(こぐはぐ)するどって、はりきって行(い)ったや。 【彼女に告白すると言って、はりきって出かけたよ。】
終助詞「や」は「〜したよ・〜だよ」のように親しみをこめて誰かに報告するのにもちいる。
だどってな 【なんちゃってね】
原義は「なんて言っちゃってね」。
「〜ってば」は「〜って言えば」が変化したもので、標準語では「〜っていうと」に相当する。
帰(かえ)るってば元気(げんき)いぐなるな。 【帰るっていうと元気がよくなるね。】
新屋(あらや)ってばいどご住(す)んでる。 【新屋(秋田市内の地名)っていうといとこが住んでいる。】
うぢの子(こ)だば、さってば部屋(へや)さ入(はい)っていぐんだ。 【うちの子ときたら、なにかっていうと(すぐ自分の)部屋に入っていくんです。】
「さっと言うと」のこと。「さっと」というのは「少し」の意味である。
「(だれそれ)に(…される)」の「〜に」のかわりに助詞「〜から」をもちいる。位置や方向の「に」は「さ」に置き換えられるわけだから、基本的に「に」はあまり使わない傾向にあるといえる。なにか不利なことをされるときは「〜がって・〜にがって」をもちいる。
暗(くれ)えがら、おじさんがら送(おぐ)ってもらえ。 【暗いから、おじさんに送ってもらいなさい。】
最初の「から」は理由をあらわす。
父(とう)さんがっていったげごしゃがえだ。 【父さんに(もういいっていうほどに)さんざんしかられた。】
「ごしゃぐ」は叱るの意。「いったげ」は「いいだけ」が訛ったものだが、「(父さんの)いいように」という意味にもとれる。
その傷(きず)なんとしたな? 猫(ねご)にがってかっちゃがえだ。 【その傷どうしたの? 猫にひっかかれた。】
「かっちゃぐ」は引っ掻くの意。
「〜ごで」は終助詞で、「〜なことで」の略。○○するんですね、と確認したり、それはまた○○なことだ、と感想を述べるようなニュアンス。
へば、自転車(じでんしゃ)で行(い)ったごで。 【そうしたら自転車で行ったわけだ。】
それはおつかれさま、それはまたこの雨の中を、などの意が暗に含まれる。「そうすれば」の「すれば」が訛って「せば」になり、さらに変化して「へば」になる。
「〜ど」も終助詞で、「〜だって・〜とさ」という伝聞をあらわす。
野球(やきゅう)中止(ちゅうし)なったど。 【野球の試合は中止になったってよ。】
自分の能力によってではなく、自然になにかをすることが可能である、という意味で「〜さる」という言い方がある。不可能な場合は「〜さらね」。動詞の未然形につく。
ちゃんと行(い)がさったが? 【ちゃんとたどり着いたか?】
「(誰かの助言のもとに)行かせられる」ということで、途中迷ったり、障害物があったりせずに、教えられたとおりにたどり着くことができたか、ということを問うている。
ちょ、このペン書(か)がさらねや。 【ちょっと、このペンは(インクが切れて)書けないよ。】
これも自分の能力とは別に「わたしをして書かせられない」の意。
撮(と)らさった? 撮(と)らさらね。 【(調子のよくないカメラで)撮れた? 撮れない。】
写真がうまく撮れないのはカメラ(あるいはその製造者)のせいなので、このような言い方になる。
「〜するにいい」は「〜するのがOKだ・〜するのに支障がない」の意味。通常の可能表現よりも婉曲な表現である。本人の能力とは別に、周囲の状況が可能にさせる(あるいは不可能にさせる)という点で、これを「状況可能」の表現という*。
行(い)ぐにいいってば、キップとっておぐども。 【行くことができるっていうなら、チケットをとっておくけれど(どうする?)。】
行きたいかどうかを問うているのではなく、行くことに支障がないなら、というニュアンス。なおチケット類全般を「キップ」という。
足(あし)なんともねぇ? 座(すわ)るにいい? 【足はだいじょうぶですか? 座れますか?】
「なんともね」は O.K. の意。座れるかどうか、やはり婉曲に聞いて、足の痛そうな人を気遣っている。すなわち足の具合がよくないのは、本人が悪いのではないことを明示している。
「〜えんだ・〜えんた」は「〜ようだ・〜みたいだ」が訛ったもの。「ん」音のあとは清音になる傾向がある。
あれ、おがしな。右(みぎ)さ曲(ま)がるえんたや。 【あれおかしいね。右に曲がるみたいだよ。】
助手席の人が、前の車が右に曲がるみたいだよ、おかしいね、と運転手に教えている。
「〜ねばね」は「〜なければいけない」が省略されたもの。
あしたせば5時(ごじ)に起(お)ぎねばねんでね? 【あしたはそうしたら5時に起きないといけないんじゃない?】
「せば」は「そうすれば」の略。時間については「〜さ」ではなく「〜に」。
冬の秋田は寒いので、唇がこわばって思うようにしゃべれず、なるべく短い表現で済むようになった、という説がある。基本的に音便、省略が多い。
さい 【しまった、ああやっちゃった、まずい、ちくしょう】
擬音語か。「さいさい」、「さっさ」、「さささささ」などとも。
わり 【ごめん、すまない、ありがとう】
悪い、が直訳。謝罪と感謝の両方につかう。過去形は「わりがった」。「わりっすども」と言えば、「すみませんが…」の意。
なんも 【いいえ、どういたしまして】
なんでもない、が直訳。「わりな」「わりごど」に対する返答。「なんもだ」とも。
んだがら 【そうですね】
原義は「そうだから」。会話の相槌で、相手への全幅の同意をあらわす。「んだがらせ」とも。
へば 【それじゃあね(さようなら)】
「へばな」、「せばな」、「まんずな」、「へばまんず」なども。
あべ 【(いっしょに)行こう】
「歩(あ)ぐべ」 【歩こう】 の「ぐ」が省略されたものと推定される。
なんとす? 【どうする?】
「なんと」は疑問詞で「どう」に対応する。もうちょっとていねいに言うと「なんとせばいいべが?」。
かねが?け 【食わないか?食えよ】
返事は「く」または「い、いらね」。
あいすか 【あらまあ、どうしましょう、大変だ】
「あえー、すかだねごど」 【まあ、しかたのないこと】 の略で、「どう対処していいか、方策もない」が原義。文脈によっていろいろな意味にもちいられる。他人の失敗、災難にたいして驚きとともに同情を表すとき、人から物品を贈られたとき、人に失礼をしてしまったとき、などが代表的。
ばし 【また、うそばっかり】
「うそばっかし」が省略されて「うそばし」になり、さらに省略されて「ばし」と言うようになったと思われる。またうそのことを「ばし」とも言う。「ばしこぎ」とはうそつきのこと。
なんだもんだ 【なんていうありさまだ】、 なんたが 【なんだそれは】
非難に近い。
はいったぁ 【よしきた、それはすごい、なんてことだ】
競馬で穴馬が勝ったとき、野球でひいきのチームがチャンス(またはピンチ)を迎えたとき、予期せぬ出来事が起こって不利益をこうむりそうなときなどに、おもに親父が発する。会話の相槌でも使う。
んた 【いやだ】
動詞の活用についてまとめよう。5段活用の動詞は基本的には4段にしか活用しない(古語に似ている)。すなわち「行く」の場合、「行こう」に相当する活用がない(「行ごう」という表現もないではないが、たとえば「いぐべし」とか「いぐどおもう」など、別の表現で置き換える傾向がある)。その他の活用も基本的には標準語に準ずるが、命令形がつねに「え」音であるのが特徴的である。
いぐ 【行く】 いがね 【行かない】 いぎながら 【行きながら】 いぐどぎ 【行くとき】 いげば 【行けば】 いげ 【行け】 (いごう) 【行こう】
いぎる 【生きる】 いぎね 【生きない】 いぎながら 【生きながら】 いぎるどぎ 【生きるとき】 いぎれば 【生きれば】 いぎれ 【生きろ】 (いぎよう) 【生きよう】
あげる 【開ける】 あげね 【開けない】 あげながら 【開けながら】 あげるどぎ 【開けるとき】 あげれば 【開ければ】 あげれ 【開けろ】 (あげよう) 【開けよう】
一見標準語とかなり異なるものもあるが、音便(訛り)によるもので、基本的には大差ない。「する」に相当する「す」という動詞があり、5段(実際は4段)に活用する。ただし標準語に準じて「する」という動詞を使う場合もある。このあたりは古い秋田弁が廃れ、徐々に標準語化していくさまを示しているものと思われる。
く 【食う】 かね 【食わない】 くいながら 【食いながら】 くどぎ 【食うとき】 けば 【食えば】 け 【食え】 (くおう) 【食おう】
す 【する】 さね 【しない】 しながら 【しながら】 すどぎ 【するとき】 せば 【すれば】 せ 【しろ】 ― 【しよう】
くる 【くる】 こね 【こない】 きながら 【きながら】 くるどぎ 【くるとき】 けば 【くれば】 け 【こい】 (こよう) 【こよう】
特徴的な動詞を以下に列挙する。
ちゃんとたがげ 【ちゃんと持て】
「たなぐ」とも。手で荷物などを持つこと。
ちょさえねがらな 【いじったらだめだからね】
「ちょす」は触る、いじるの意。「〜れない、〜られない」を禁止の意味でよくもちいる。
いっぺ生(お)がったごど 【いっぱい(植物などが)生えましたね】
成長するの意で、人間の背丈にもつかう。
うるだぐな、ちゃんとせ 【うろたえるな、ちゃんとしろ】
どでした 【びっくりした】
動転した、が原義。
たいしたたまげだ 【大いにびっくりした】
「たいした」は「とても・たくさん」の意。昔、淡谷のり子がこう発するテレビCMがあったような、なかったような・・・。
めねぐする 【紛失する】
見えなくする、が原義。物が主語になるときは「めねぐなる」。
ほごす 【解体する】
ほぐすに通じる。あるいは反古にするの意も含まれるかもしれない。家、服などの造作物全般にもちいる。
かしがる 【傾いている】
傾(かし)いでいる、の意。
きったげる 【切る】
「ぶったげる」とも。
おだる 【(木の枝を)折る】
木の枝は「おだえる」。
熱(あ)っちばうめれ 【熱いのならば(水を)足せ】
薄める、が原義。おもに風呂場でつかう。
なにこしゃってら 【何をこしらえているの】
鍵(かぎ)かったが? 【鍵をかけたか?】
昔は戸締りにつっかえ棒を「かっ」ていたので、その名残りで「鍵をかう」という*。
かぷけでるものなげれ 【カビが生えているんだから捨てなさい】
「カビっ気ている」がなまって「かぶ(ぷ)けでる」となったものと思われる。湿気ているに通ずる。「なげる」は捨てるの意。西日本では「ほうる・ほかす」などというが語義は同じ。
バゲヅの水(みず)まがしてしまった 【バケツの水をまきちらしてしまった】
これは「撒(ま)ぐ」に使役の「す」がついた形とみなせる。
すこしうるがしておげ 【少しのあいだ水に浸しておけ】
「うる」とは水にぬれているさま。「うるがす」で「濡れた状態にする」の意。その他にも「だまがす」 【だます】、「こちょがす」 【こちょこちょとくすぐる】などの表現がある。
すこし長(なが)まらせでけれ 【すこし身体を横にさせてくれ】
「長くなる」が原義。丸くなるが「丸まる」、固くなるが「固まる」であるのと同じつくり。
タッパさへでけね 【タッパに入れてくれない?】
「いれる」→「いえる」→「える」→「へる」と訛る。プラスチック容器全般をタッパ(タッパーウエア)という。
バスいだが? 【バスがきているか?】
乗り物など無生物に対しても「いる」をつかう。
よったいね 【頼りない、情けない】
「用が足りない」から。
形容詞の活用についてまとめておこう。「○○しい」という形容詞はおおむね標準語に準ずるが、いわゆる仮定形がかなり省略されるのが特徴的である。
あだらしぃ 【新しい】 あだらしぐね 【新しくない】 あだらしがった 【新しかった】 あだらしもの 【新しいもの】 あだらしば 【新しければ】
仮定形の「けれ」が省略される。ちなみに反対語は「古(ふる)しぃ」。
「○○い」という形容詞は、「えー」または「いー」のように訛る。これは東京弁と同じである。
あげぇ 【赤い】 あげぐね 【赤くない】 あげがった 【赤かった】 あげもの 【赤いもの】 あげば 【赤ければ】
うしぃ 【薄い】 うしぐね 【薄くない】 うしがった 【薄かった】 うしもの 【薄いもの】 うしば 【薄ければ】
以下の例はやや原則からはずれるかもしれない。
とぎぃ 【遠い】
例外的な訛り方。古語の「遠し」の連体形「遠き」に由来するらしい*。
おおい 【多い】、 あおい 【青い】、 こい 【濃い】
これらは訛らない、というか訛ることができない(秋田弁で言えば「訛(なま)らさらね」)。
「(形容詞の終止形)+して」は「〜なので」の意。「〜くて」と置き換えられる。
あまり寒(さ)びして家(え)さ居(い)だんだ 【あんまり寒くて家にいたんですよ】
「さむい」が訛って「さびぃ」になり、「いえ」が訛って「え」となる。「さびしして」だったら「さびしいので」。
そいだば高(た)げして買(か)わいね 【それ(そんな値段)では高くて買われません】
「○○っこい(○○っけぇ)」という形容詞がある。標準語でも「まるっこい」「油っこい」などの例があるが、つくりとしては同じ。
かるけぇ 【軽い】、 すっけぇ 【酸っぱい】、 しゃっけぇ 【冷たい】、 やっけぇ 【柔らかい】
それぞれ「軽(かる)っこい」、「酸(す)っこい」、「冷(ひや)っこい」、「柔(やわ)っこい」から。「かるけぇ」の反対語は「おもでぇ・おぼでぇ」 【重たい】。
その他、特徴的な形容詞を以下に列挙しよう。
しょししてあるがいね 【恥ずかしくて(街中を)歩かれない】
赤面してしまうの意。恥ずかしがるは「しょしがる」。
おやぁ、めんけごど 【おやまあ、かわいいこと】
古語の「めぐし」が変化したものらしい*。容姿や服装などにいう。かわいがるは「めんけがる」。
こいだばみだぐねべ 【これ(こんな服装)だと格好悪いでしょう】
見たくないが原義。人の顔が醜い、服装が野暮であるの意。なお「見たくない」は「見(み)でぐね」。
こえしてなもかもね 【疲れてどうにもこうにもならない】
「こわい」は疲れたの意。筋肉がこわばっている状態からか。疲れたふりをするは「こえがる」。
この皿(さら)っこだばいだましがらしまっておぐ 【この皿は(使うのが)もったいないからしまっておく】
捨てるのが痛ましい、汚れるのが痛ましい、というのが原義。「○○っこ」とともに物への愛着、または物欲を感じさせる。
ぬぎ 【(気温が高くて)暑い】
温(ぬく)い、からきている。「のぎ」とも。「寒(さ)び」の反対。お湯などが熱いときは「熱(あ)っち」。水が冷たいときは「しゃっけ」。
やばつい・やばち 【汚い】
泥、汗、雨水など水分を含んだものが身体や服などについた(またはつきそうな)状態に対する不快感の表明。標準的な口語の「ばっちぃ」と同根。
はらわり 【腹がたつ】
腹が悪い=虫の居所が悪い。
あんべわり 【気持ちが悪い、むかむかする】
按配が悪い。「はらわり」と同義にももちいる。
はんかくせ 【子供じみている】
もとは「半可臭い」で、未熟なこと、紳士的でないことを意味する。
ほんじねごどいうな 【ばかなことを言うな】
もとは「方図なし(方途なし)」で、際限がない、途方もないという意味だったらしい*が、秋田では非常識なこと、ばかげたことに対していう。自分の土地をもたない農家をいう「本地なし」から、という説もあるが、よくわからない。
あどはらつえして食(か)えね 【もうお腹いっぱいで食べられない】
「腹が強い」で、腹が張って満腹であることを意味する。
古語の形容動詞の活用語尾「たり・なり」が、「でえ・ねえ」として残っていると考えられる例がある。また形容詞に「なり」をつける言い回しがある。
まなぐうるうるでぐなった 【目がうるうるした状態になった】
「うるうるたり」からきている。
孫(まご)がだ帰ったっけ、とじぇねしてな 【孫たちが帰ったらさびしくてね】
「徒然(とぜん)なり」からきている。「〜して」は「〜くて」で置き換えられる。「さびしねぇ」とも言う。これは「さびしいなり」からきている。
この肉(にぐ)しねな 【この肉は硬くて噛み切れないね】
「強(しい)なり」から。
恥(は)ずがしねぇ 【恥ずかしい】
「恥ずかしいねえ」ではなく「恥ずかしいなり」である。同様の言い回しは多い。
そいんだばおがだ 【それはおおげさだ、それはあんまりだ】
「大仰(おおぎょう)」に通ずる。
よいんでね 【難しい】
「容易でない」から。からだが思うようにならずつらい、の意味にももちいる。ただし「よいんだ」とは言わない。
ずらっとして座(すわ)ってれ 【そしらぬ顔でふてぶてしく座っていなさい】
電車の指定券をもっていないのにもかかわらず指定席に座ることをそそのかすような状況。
「〜でえ・〜ねえ」は形容詞をつくる接尾辞と考えることもできる*。
古い秋田のことばはめっきり耳にしなくなった。
ごっつぉ 【ごちそう】
ごちそうになるは「ごっつぉになる」。ごちそうさまは「ごっつぉさん」。
ぼだっこ 【塩鮭の切り身】
鮮やかな牡丹色をしていることから。おにぎりの具の定番である。あんこにくるまった餅は「ぼだもぢ」。
まま 【ごはん】
ご飯を食べさせるは「ままかへる」。
がっこ 【たくあん、漬物】
雅香から、と言われる。
きみ 【(塩ゆでした)とうもろこし】
語源はきび。夏はこれとすいかがこどもたちのごっつぉ。
のみがだ 【酒を飲むこと、飲み会】
「のみがだはじめる」など。
じぇんこ 【お金】
銭っこ、から。
あさま、ひるま、ばんげ 【朝、昼、晩】
「ばんげ」は「晩方」からか。夜のあいさつは「おばんです」。「ゆんべ・ゆんべな」というと昨夜(きのうのばんげ)を指す。
ひざかぶ 【ひざ】
べご 【牛】
汽車(きしゃ)
鉄道を走る列車のこと。列車といっても、最近は一両で走ることも珍しくない。ほんとうにこれ以外に呼びようがない。
わや 【ぐちゃぐちゃ】
部屋の中が散らかっているさま、頭の中が混乱しているさま、などをいう。
すっぱねがあがる 【泥がはねあがる】
「すっぱね」によって服に点々と泥のあとが付着する。それが高じると「やばちぐ」なる。
げんでしずがだな 【まったくどういうわけだかしずかだね】
古語の「げに」からきていると思われる。
いっちに着(つ)いでるや 【もうすでに着いているよ】
ままんで虫(むし)にかえらえだ 【おおかた虫に食われた】
「食われられる」というのは文法的にはおかしいのかもしれない。
ながらまぢ 【中途半端に】
「ながらはんぱ」ともいう。
ぶじょほうしてもうしわげねす 【長いことご連絡差し上げず申し訳ありません】
不調法からきている。
東京などではまず出会わない食べ物。
つぶ 【直径2〜3cmの巻き貝。男鹿に行くといくらでもとれる。】
かすべ 【えいを干したもの。夏に甘辛く煮て食べる。】
ぎばさ 【海草。包丁でたたくとねばねばしてくる。しょうゆで味付けして、ごはんにかける。】
えご 【これも海草。ようかん状に固められて売っている。薄く切って、さしみみたいな感じで食べる。】
ひろっこ 【春先に、雪の下から生えてくる小さいねぎみたいなやつ。】
とんぶり 【ほうきの実。畑のキャビア。とろろに混ぜたりする。】
ババへら 【夏季に国道などの路肩でほっかむりをした女性が売るシャーベットアイスのこと。ババ(ばあさん)がへらでシャーベットをすくいとるのでこの名がある。】
あすこの家(うぢ)だばかまどけしたもの 【あそこの家は破産したんだから】
「竈返し」とは破産者の意。表現としては「穀つぶし」と似ている。
まなぐどさついでらんだ 【ちゃんと見ているのか、ぼんやりするな】
目がどこについているんだ、が原義。「明(あ)ぎ盲(めぐら)」ともいう。いずれにせよ野卑な表現である。
んがばら 【お前ら】
きわめて野卑なことば。「ばら」は古語で複数の人をあらわす接尾辞。中学のときこのことばを使った先生がいて、度肝を抜いた。
しゃで 【弟】
舎弟から。ちょっとヤクザ用語を連想させる。
びっこたんこだ 【(ボタンのかけちがい、靴の左右など)たがいちがいだ】
「びっこ」からきていると思われる。
ぎっちょ 【左利き】
「ひだりっこ」とも。
やっこ 【乞食】
奴。今日では差別語とされるが、わたくしが子供のころは相手を罵倒することばとしてけっこう使われていた。
がも 【男性器】
人間がある言語を習得するとはいったいどういうことだろうか。それは語彙、言い回し、文法などを学ぶということだけには決してとどまらないもので、結局は、そういった言語をもちいる生活あるいは人生、思想みたいなものに触れて、内面的に理解するということにたどりつくのではないかと思う。こうやって秋田弁を文字にしてみたところで、秋田弁のいくばくかを示しえたのか、ややこころもとない。言語はコミュニケーションの手段である。純粋な話し言葉である方言を追求してみると、コミュニケーションというもののもっとも本質的な部分が浮き彫りになるようで、それはそれで、わたくし自身とても興味深い作業であった。
秋田弁に関する、より学術的でより客観的なことがらに関しては、冒頭にあげた文献を参照されたい(ただあまり学術的、網羅的にすぎて、県外の人からすると、結局要領を得ないという感もないではないが・・・)。また秋田弁について語っているウェブページも多々あるが、とくに秋田弁の音声が聞けるページということで、
「秋田の民話」(「秋田県立図書館」サイト内)
を紹介しておく。
強濁音化についてはかなり詳しく説明したつもりである。なかなかここまで立ち入って説明をした文献は、少なくともウェブ上では、ないのではないかと思う。標準語でも、たとえば「ひとびと」とか「かぶしきがいしゃ」とか、濁音化(連濁)という現象があって、なかなか一筋縄ではいかないようである。秋田弁の強濁音化もかなり複雑で、おそらくいろいろ例外があるのではないかと思う。また濁音化の程度も話す人によって違うだろう。本文のまとめの意味で、練習問題をいくつか付したが、強濁音化の問題もあるので、そちらも参照していただきたい。
方言というものは程度の低いものだ、という考えをもつ人がいまだにいるようである。とくに東北人は東北弁を話すことを自虐的にとらえて、東京などに出てくると、なるべく方言が出ないように努力する傾向にあった。方言というのは、日本語の古い形態が残っており、ある意味、古い思想をひきずっている。古いものがすべて程度が低いものだ、というのは大きな間違いである。むしろ、古いものにこそ、現代人が忘れてしまった、純粋な、気高い思想や文化が潜んでいることもありうるのだ。わたくしは秋田弁で育ったことに誇りをもって、これからも生きてゆきたい。・・・なんか、どっかのソーリダイジンの所信表明みたいだな。
平成19年 (2007年) 6月 1日
櫻庭 中