研究室について
東京大学大学院理学系研究科 教授 井出 哲
地震は怖い現象ですが、物理現象としても謎が多く正確な予測は困難です。1990年代初めに地震研究を始めた私は、阪神淡路大震災、東日本大震災などの震災のたびに、社会に役立つことの難しさを痛感しつつも、地震の科学的な理解を少しずつ深めてきました。大きな地震から小さな地震まで、速い地震から遅い地震まで、当研究室では地震のさまざまな性質を明らかにし、その総合的理解を通じてより良い将来予測を目指しています。
研究内容:さまざまな地震の統一的理解へ向けて
非常に希に社会のあり方を変えてしまうほどの巨大地震が起きます。一方、地球上あちこちでほとんどいつも無数の小さな地震が起きています。どちらも本質的には同じ現象、地下の断層で起きる破壊を伴うすべり運動(破壊すべり)と地震波の伝播です。巨大地震の破壊すべりは広範囲で起きますが、同じように大規模な破壊すべりが起きても地震波がほとんど出ないこともあります。地震の振る舞いは多様です。何がこの違いを生むのでしょうか?地震を根本から理解するには、プレート運動による応力の蓄積や、岩石の破壊と摩擦すべりを支配している法則について知る必要があります。地震の複雑さや多様性をなるべくシンプルかつ現実的な物理法則で説明し、その振る舞いの予測可能性を高める、それが私たちの目標です。
複雑な地震破壊すべりの高精度分析
地震が起きると多くの観測点で地震データが記録されます。多数の観測点の地震データを同時に説明できる破壊すべりの分布を推定するのが、断層すべりインバージョンといわれる分析手法です。私たちは手法を開発、改良し、様々な地震の破壊すべりの推定を行っています。一例が東日本大震災を引き起こしたマグニチュード9の東北沖地震(左図)です。プレート境界の400 km x 200 kmくらいで約100秒間、破壊すべりが起き、最浅部の大きなすべりが大きな津波を引き起こしました。他にも1995年の兵庫県南部地震や2003年十勝沖地震のような大地震から、アフリカの金鉱山で観測される微小地震まで、同じような手法を用いて破壊すべりの詳細を明らかにしてきました。 このような破壊すべりの詳細から、震源の物理条件や支配的なメカニズムを考察できます。
地震現象の階層性のモデリング
弾性媒質中に断層面と摩擦法則を仮定して微分方程式を解き、地震の破壊すべりをシミュレーションすることができます。シミュレーションを通して、何が地震現象の本質的要素か同定することも一つのゴールです。最近重視しているのは複雑な断層面の形状が地震破壊に及ぼす影響です。現実の断層面は様々なスケールの凸凹を持ちます。地震は最初小さな凸凹から始まり、次々に大きなスケールの凸凹で破壊すべりを起こしながら大地震になります。このようなふるまいは地震の階層性、または階層的地震現象と呼ばれます。良質な地震データが得られるようになり、その分析からも階層性を直接観測することができるようになってきました。私たちは地震の階層性を理解するための理論研究や新しい数値計算手法(左図)を開発しています。 この階層性パッチシミュレーションでは、小さなパッチの破壊が近接するパッチを破壊しながら次第に巨大化していく様子を明らかにし、観察される地震データの統計的特徴を説明することに成功しました。このような現象はある程度、ランダムネスに支配される確率的現象でもあります。ランダムネスによる地震予測可能性の限界を評価することも重要なテーマです。
高速&低速の地震現象の統一的理解
個々の地震の起こり方は複雑ですが,平均的な地震の性質,たとえば地震の断層運動の大きさ(地震モーメント)と波動エネルギーの放射量の比は地震のサイズにほとんど依存しません.また地震モーメントは地震の継続時間の3乗に比例し個々の地震の起こり方は複雑ですが、平均的な地震の性質、たとえば地震の断層運動の大きさ(地震モーメント)と波動エネルギーの放射量の比は地震のサイズにほとんど依存しません。また地震モーメントは地震の継続時間の3乗に比例します。これらのスケール法則は地震が広い範囲で統計的に自己相似的な現象であることを示唆します。このようなスケール法則を満たさない、奇妙な地震があります。西日本ではテクトニック微動、低周波地震、超低周波地震、スロースリップというサイズの異なる現象がほぼ同時に同じ場所で起きています(左図)。私たちはこれらの現象は共通のメカニズムを持つ「ゆっくり地震」または「スロー地震」というひとまとまりの現象であり、地震モーメントと地震の継続時間が比例するという、普通の地震と異なるが単純なスケール法則で関連付けられることを見出しました。同様の現象は世界各地で発見され、巨大地震との関連も次第に明らかになってきました。但し、まだこれらの現象の背後にある物理法則にはわからないことがたくさんあります。私たちは現在地震観測、データ解析、シミュレーションなどの手法を用いて、ゆっくり地震と普通の地震の総合的理解を目指しています。