地球を測る「測地学」ー古くて新しい、実用的な研究分野ー
私たちはGPSとスマートフォンを使って簡単に現在地を知る事ができますが、その基礎を裏で支えているのが測地学です。測地学の究極の目的は、いつでもどこでも正確に自分(あるいは物体)の位置を知ること。そのために、地球の形状、自転軸の向きや回転速度、重力場が時間変化していく様子を、実際に測る(リアルタイムにモニタリングする)ことを通して解明していきます。遡れば、ニュートンの時代あるいはそれ以前から測地測量に携わってきた先人たちの大変な努力の上に、高精度な計測技術に基づいた現代の測地学が建設されています。今や、プレートテクトニクスによる地殻変動は、GPS衛星等を用いて、1 mmの精度で捉えることができます。最近では、アインシュタインの相対性理論に基づく、原子時計を用いた世界最高精度の地殻変動計測を目指す研究も始まりました。測定精度を上げるには、技術の進歩とともに自然への深い理解が不可欠です。室内実験のように制御できない生きたままの地球を測るので、測定結果には局地的なものからグローバルなものまで、様々な時間スケールの現象が重ね合わさってきます。それらを物理モデルで再現し、原因を解明し、予測し、測定結果から除去することで、観測の精度が向上し、かつ、未知の現象を検出することが可能になります。世界中の測地学コミュニティが団結し、地球規模の高精度な観測を推進すると同時に、物理モデルの改善・開発に励んでいます。こうして、時間をかけて1枚1枚自然のベールをはがしていくことで、これまで見えなかった繊細な地球の姿が浮かび上がってきます。その過程で得られる情報は、地球環境問題の解明や防災のための研究に今や不可欠となっています。私たちの研究室では、時間・労力はかかるけれども精度を上げることこそが新しい知見、新しい世界を生み出すという信念のもと、短期的な視点に捉われない長期的な科学発展への貢献を目指し、精密計測とモデル構築の両面から日々研究を行っております。以下に最近のテーマの一部を紹介します。
地球変形の基礎理論 -本当はいつも変動している-
1 mmの精度で見ると、固体地球の形が様々な自然現象の影響を受けて、目まぐるしく変動していることが分かります。プレート運動や地震、火山噴火による地殻変動が報道されることもありますが、それら以外にも、月や太陽の引力(潮汐)、海水、大気圧、土壌水分、氷床の分布などの変化により地球は変形しています。さらに、それらに伴い地球の重力場や自転も変化しています。このような変動は、どれも弾性変形、粘弾性変形によって表現できます。私たちは、それらの理論の骨格部分となる、自己重力と三次元不均質構造を取り入れた全球モデルの開発で世界の先端を行っており、さらなる理論開発、応用を進めています。これらの理論を使うことで、1)潮汐や地球表層流体が引き起こす変動、2)プレート境界付近の地殻変動、3)1-10万年スケールの氷床の変化によるグローバルスケールの変動、等をより詳しく調べることができます。基礎的な理論なので、地球だけでなく、惑星の形状変化、回転や内部構造を調べるのにも応用できます。
関連分野:地震学、火山学、地質学、物質科学、大気海洋科学、水文学、雪氷学、惑星科学
プレート運動による歪の蓄積と解放 -地震の時以外にも断層はすべっている-
GPS (あるいはGNSS、Global Navigation Satellite System)を用いると、地震波観測では直接捉えられない、ゆっくりした地殻変動を高い時間分解能で捉えることができます。観測した地表変形のデータから逆算することで、プレートの沈み込みに伴って、陸側と海側のプレートの境界がどのように固着しているか推定できます。観測ネットワークの発達により、プレートの固着度合いは、場所により、また時間により変動することが分かってきました。通常の地震と比べ何桁も遅い速度でゆっくりとプレート境界の一部がすべる現象はスロースリップと呼ばれており、世界の多くのプレート境界で発見されています。これまでに発見されたものの多くは、すべりが数日から1年程度で終わってしまうものです。図は、私たちが国土地理院のデータを解析することで発見した、継続期間が数年のスロースリップです。スロースリップは大地震の引き金になることがあるともいわれていますが、スロースリップがどのようにして発生するのかはまだよく分かっておらず、近年、最も注目されている研究テーマの一つです。
図:東京湾北東部で発生した長期的スロースリップ。(左)1996年から2011年までの平均的な地表変位速度に対して、2007年から2011年までの4年間、南東方向へ相対的な変化が見られる。(右)左の観測結果を説明するための断層すべりモデル。東京湾北部と茨城沖にすべりが推定された。
関連分野:地震学、地質学
巨大地震サイクルと地形形成 -マントルで何が起きているかー
日本列島において、地質学的手法で観測された十万年程度の時間スケールにおける地形形成速度と,巨大地震前後を含む、測地学的に観測された最近の約百年間の地殻変動速度とが、一致しないことが知られています。この原因を解明するため、測地・地形データと数値シミュレーションを用いて、十万年スケールでどのように地形が形成されていくのか探っています。巨大地震により生じる列島規模の地殻変動は、地震が終わると同時に収まるのではありません。地震時にマントルに加えられた応力が、マントルの粘性によって少しずつ解放されるのが観測されています。地球は自己重力が働く環境であり、これを観測することは、アイソスタシーへ向かう様子を現在進行形で見ることにほかなりません(ただし、変形の空間スケールによって進行の仕方は異なります)。巨大地震による地震後の変動により、上に述べた変形速度の不一致がどの程度解消されるのかどうかが、一つの着目点になります。
図:2004年12月のスマトラ島沖地震の地震後の重力変化(単位のmicroGalは10-8 ms-2)(左)GRACE衛星で捉えられた2005年から2011年までに生じた重力変化の観測値。誤差は1-2 microGal。(右)マントルの粘性緩和による効果の理論値。ちなみに1923年関東大地震による地震後の地殻変動は60年以上続いたことが潮位観測や測地測量の結果から明らかになっている。図のGRACE衛星による観測は、そうした長い変動の初期の部分を見ていると考えられる。世代を超えて観測を継続していくことが重要。
なお、マントルの粘性による時間遅れの変形は氷床の変動によっても生じ、人工衛星により重力場や地球の自転が変動する様子も捉えられています。氷床の融解や海底面の地殻変動は海水準の変化をもたらす(この過程をGlacial Isostatic Adjustment, GIAと呼びます)ため、GIAの研究は地球温暖化の解明にも役立っています。
関連分野:地質学、物質科学、地震学、気候学、雪氷学
地球表層流体と固体地球の変形 ー海洋の変動がプレート運動を加速する?ー
上で述べたスロースリップが発生している期間には、プレート境界の固着が弱まるため、プレートの沈み込みが陸のプレートの下で一時的に加速します。沈み込みが加速すると、海洋プレートの押しが強まるので地震が起きやすくなります。一方、プレート境界付近の海水質量が増すと、「重し」が増えるため沈み込みが減速することがあります。我々は、これまで小さいと思われてきた、海流に伴う海水質量変化の影響が、潮汐と非線形な断層摩擦構成則によって増幅され、プレートの加速・減速が起き得ることを示しました。図の赤線の約10年周期の変動は、太平洋十年規模振動から数年遅れで日本沿岸に伝わってくる海面変動に起因し、長期的な地震活動と概ね一致します。加えて、大蛇行時に地震活動が下がっていることが見て取れます。1944年の東南海地震は、長く続いた黒潮大蛇行の直後に発生しました。気象学、海洋学との連携により、プレート境界すべりのゆらぎを予測することを目指しています。
図:プレート境界すべりによる応力変化速度のモデル計算値(赤の折れ線、左の縦軸)と東海地方の浅い地震のバックグラウンド活動度(右の縦軸、年間の地震数)。横軸は西暦で、ピンクは黒潮大蛇行の時期。
関連分野:地震学、大気・海洋科学
水が引き起こす変形 ー10億分の1Gを測るー
島弧の形成には、水が大きく関わっています。海洋地殻に含まれる水は、プレート運動とともに沈み込み帯深部に運ばれます。ある深さに達すると脱水反応により水が出てきます。水の一部は火山活動の元となるマグマの生成に使われます。他の一部は、地殻やプレート境界を伝わって浅い方へ戻っていくと考えられていますが、その詳しい過程、特に時間変化についてはまだよく分かっていません。プレート沈み込み境界の深さ30-40kmには、そのような水の循環の結果、高圧の水が溜まっている場所があり、通常の地震と異なるスロー地震が発生しています(スロースリップもスロー地震の一種です)。私たちは、地震発生様式の変化や水の循環過程を解明するため、高精度な重力観測を行うことで、スロースリップ発生域の水の移動を捉えようとしています。スロースリップに伴う地表変形はGNSSで観測されていますが、重力の微弱な変化もスロースリップ中に生じていることが、観測から明らかになりつつあります。現在、観測を継続すると同時に、地表変形と重力データを用いて、どれくらいの水がどのように動けばデータを説明できるのか、研究を進めています。さらに、地質学的時間スケールで起こる水に起因した変形と、今現在進行していることの関連を調べたいと考えています。重力観測は南海トラフ域、石垣島などで実施しています。一緒に観測へ行ってみませんか?
図:東海地方の重力の観測結果。縦軸は御前崎、菊川、豊橋で観測された重力変化(単位のmicroGalは10-8 ms-2)、横軸は西暦、SSE1,2はスロースリップの期間を表す。スロースリップ中に重力が平均的なトレンドに比べて減少傾向を示している。
関連分野:地質学、物質科学、地震学、火山学