領域概要
提案研究領域の目的は、海溝型巨大地震が繰り返され、今後も起こると想定される南海トラフにおいて、前人未到の沈み込みプレート境界の巨大地震断層を直接掘削し、試料採取・分析を行い、更に掘削孔内で計測・観測を行うことによって、海溝型巨大地震準備・発生過程の解明に迫ることである。目的達成のための研究戦略は、(1)南海トラフ地震発生帯の大局を把握し、(2)断層の分析と実験によって巨大地震断層の静的描像と動的描像を把握し、(3)観測と掘削の結果から地震準備・発生に至るモデルを構築し、観測によって検証することに置く。この研究戦略に沿って、それぞれに相補的な計画研究を配置し、5ヵ年で目的を達成する。
背 景
研究の背景
海溝付近の沈み込みプレート境界で起こる巨大地震と津波は、歴史上数々の甚大な災害をもたらしてきた。日本の南西沖に横たわる南海トラフでも、巨大地震の繰り返しが記録されている。すなわち、1944年東南海地震など、マグニチュード8クラスの巨大地震が100年~200年周期で発生しており、また来る30年以内の地震発生確率50~70%、今世紀中の地震発生確率はほぼ100%と予想されており、警戒が強められている。
これを受けて、南海トラフ周辺域の地殻変動を捉えるため、文部科学省による「東海・東南海・南海地震の連動性評価研究」、「地震津波観測監視システム」、防災科学技術研究所による高感度地震観測網(Hi-net)、広帯域地震観測網(F-net)、強震ネットワーク(K-NET)及び基盤強震観測網(KiK-net)、国土地理院によるGPS連続監視網(GEONET)、気象庁によるケーブル式海底地震計整備、産業技術総合研究所による「地下水等総合観測点整備とネットワーク管理と調査研究、海溝型地震の履歴と被害予測の研究」、などの観測体制が整えられつつある。
関連する研究動向
近年、このような遠地物理観測主体の手法に、巨大地震断層直接掘削・観測物質科学を融合させた全く新しい地震研究が日本を中心に展開されつつある。世界最初の掘削研究は、1995年兵庫県南部地震を起こした野島断層で行われた。また第二例は1999年台湾において集々地震を起こした車籠埔断層である。これらの研究により、地震発生後の断層の強度回復過程、断層発熱冷却過程、多様なすべり弱化メカニズムの解明など、大きな成果が得られた。しかし、これらはいずれも地震発生域より浅く、地震発生後の掘削であることから、地震前にどのような過程が進行したかは未解明のままである。
これに対し、地震発生域の深度まで掘削を実施中なのが、北米西岸の横ずれプレート境界であるサンアンドレアス断層である。2005年7月に深度約3,000mのところで地震断層を貫通し、2007年9月には断層試料の回収に成功している。現在、この掘削孔での連続観測が開始されようとしている。
一方、沈み込みプレート境界の海溝型巨大地震発生帯に達する超深度への掘削実施例はこれまでになく、2003年に発足したIODP(22カ国参加)においても最大の科学的課題とされた。そして、「ちきゅう」による南海トラフ地震発生帯掘削計画がIODPにより承認され、2007年から開始された。南海トラフ地震発生帯掘削計画では、2012年までに地震発生帯の巨大分岐断層とプレート境界断層の超深度掘削(海底下約6km)が行われる予定である。このような超深度掘削によって地震準備・発生過程を総合的に解明しようとする本領域研究は、海溝型巨大地震準備・発生過程研究の最先端に位置づけられる。
ご挨拶
ご挨拶
このたび、あらたに新学術領域がはじまることとなりました。開始にあたり一言ご挨拶申し上げます。
この研究は、すでに開始されております統合国際深海掘削計画(Integrated Ocean Drilling Project:IODP)とその科学目標、計画の年次進行などにおいて強く連携いたします。しかし、科学目標を達成するためには、「ちきゅう」による超深度海溝掘削、国際チームによる回収試料、データの分析に加えて、多様な科学を実施しなければなりません。本研究は、そのために3つの研究項目、A(大局構造と海底変動)、B(断層分析と実験)、C(孔内計測とモデル)を設定、それぞれに相補的な計画研究を設けました。さらに、分担者のみならず、意欲的、独創的、挑戦的な研究を募集するために公募研究も実施いたします。特に若手の皆さんの応募を期待しています。
地震研究をはじめ固体地球の研究は、地質学的方法、地球物理学的方法、地球化学的方法が相互に支え合い、観察・観測、実験、理論の歯車が噛み合い、論理的には帰納と演繹を繰り返して、仮説の構築、検証を重ね、真実へ近づくということに習熟してきました。本研究は、南海トラフという地球上で最もデータの蓄積がすすみ、研究体制の整った研究対象について総合的な研究を実施しますが、その結果は将来予測の可能性の向上のみならず、プレートの沈み込み帯、そしてこの生きている地球への理解の飛躍につながることを期待しております。本研究の分担者は、全力を尽くして研究に邁進いたしますが、内外の多くの方々のご支援、ご指導をお願いする次第です。
平成21年9月1日
領域代表 木村学